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鶴ヶ島発祥の地
◎R407上り、関越道鶴ヶ島I.C.入口手前、マツダ横。

物事全てに由来があります。
知らなくても生活はおくれますが、知ってみるのも面白いものです。
そこで、今日は鶴ヶ島を散歩してみました。

”鶴ヶ島”発祥の地記念碑

 「鶴ケ島」の由来は、その昔この島の松の樹に鶴が巣籠もったからだといい伝えられています。その時代は伝承によると、上杉家が関東管領の節といわれ、上杉家の家臣太田道灌が川越城を築いた長禄元年(一四五七)頃のことです。
 この島は最近まで、泥深い湿田に取り囲まれ、四周の台地には、人家は一軒もなく、うっそうと「叢林」が生い茂っていました。五百年くらい前には、雷電池はずっとずっと広く、そこから湧き出る清水がこの島の周囲を幾筋もの細流となって取り巻き、このあたり一帯を芦荻(あしおぎ)生い茂る沼沢地にしていたと思われます。人影もないこの静寂な別天地で、松の樹に鶴が巣を作り、ひなを育て、やがて大空高く飛翔したというのです。この松は男女相生で、明治初年には、老松だったと記録されていますが、その後野火に焼けたりして現在は三代目の松だと言われています。
 近年、近代化の波により国道四0七号が南北に走り、関越自動車道が東西に横断し、区画整理のために周囲が埋め立てられ、昔の面影をしのぶ姿はもうすっかりなくなってしまいました。しかし、この地は市に残る数少ない史跡であり、特に「鶴ケ島」発祥の地でもありますので、遠い祖先から今日まで大切に保存してきた多くの人々と同じ心持ちで、未来に伝えて行きましょう。
 平成三年九月一日
  鶴ヶ島市指定史跡(昭和四十九年十一月指定)
   鶴ヶ島市教育委員会



全体はこのようになっています。
ディーラーの集中した所で、それらに埋もれてしまいなかなか場所がわからずに、この前を通り過ぎること三度目で見つけました。




散歩した日・・・二千三年四月二十九日 店主。


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