さきたま古墳群

さて、県道の北側は周りました。
だんだんどれも同じに見えてきて、初めの感動は薄くなってきましたが、気を入れ直して次は県道の南側、さきたま資料館側を散歩していきましょう!




「瓦塚古墳」〜「奥の山古墳」〜「中の山古墳」〜「鉄砲山古墳」〜「移築民家」〜「さきたま資料館」 という順番でまわりました。





瓦塚(かわらづか)古墳

この古墳は、民家のすぐ庭先にあります。
庭の古墳に沈み行く夕日を見ながらビール片手に夕涼み、なんていいですね。
(写真は、前方部より。)





瓦塚古墳

かたち 前方後円墳
大きさ 長さ67m 一番高いところの高さ4.9m


 瓦塚古墳は埼玉古墳群の中では小型の前方後円墳です。古墳のまわりには、台形の堀が二重に回っていました。西側の中堤(土手)の上には琴をひく男の人や者をささげる姿の女性の人、家などのたくさんの埴輪(はにわ)が立てられていました。これは古代の葬式の様子を示したものと思われます。くびれ部の造出し(つくりだし)からは葬式に使われたと思われる須恵器(すえき)の壷や杯(つき)などが見つかっています。古墳の築かれた年代は6世紀の中頃とみられます。
古墳の整備について
 瓦塚古墳は、くずれていて元の形がわかりにくくなっていました。埼玉県は国の協力をえて、発掘調査をもとに、古墳を元の姿にしました。堀の深さは1.2mぐらいありましたが、ここでは石を入れて浅く復原しています。



奥の山(おくのやま)古墳

この辺まで来ると、ほとんど散歩の人はいません。
というか、火祭りの日でなければ、道の北側もこんなものなのかもしれませんが。





奥の山古墳

形 状 前方後円墳
全 長 66.5m
後円部 径37.0m 高さ6.1m
前方部 幅57.5m 高さ6.5m


 8基の前方後円墳の中で、第7位の規模で、後円部西側には出島状の造り出しがあります。
 堀は他の古墳と異なり釣り鐘型で、一重です。
 堀からは、墳丘などから落ちた琴を弾く男子、武人、馬に乗る男子などの人物埴輪、馬形埴輪、円筒埴輪などが発見されています。
 古墳の築造年代は、6世紀中頃と考えられています。


近くに面白い木がありました。名前は「スダジイ」というそうです。





中の山(なかのやま)古墳

近くに花壇があります。墓に手向ける花のようで、なんかいいです。





中の山古墳

形 状 前方後円墳
全 長 79.0m
後円部 径39.0m 高さ4.4m
前方部 幅40.0m 高さ5.5m


 古墳群内の前方後円墳のうち、第6位の規模です。最近の発掘調査で、二重の堀のもぐっていることがわかりました。
 堀からは、須恵器の技法で作られた埴輪壷が多数出土しています。
 古墳の築造年代は、6世紀末から7世紀はじめと考えられ、古墳群中の前方後円墳としては、最も新しい可能性があります。


なだらかな古墳からつながった草むら。
手入れもされていてのんびりするには最高の環境です。

すごくゆっくりとした時間が流れて行きます…。





鉄砲山(てっぽうやま)古墳

この辺りも、きれいに整備されていて、憩いの場所となっています。





鉄砲山古墳

形 状 前方後円墳
全 長 112.0m
後円部 径56.0m 高さ9.0m
前方部 幅73.0m 高さ9.8m


 古墳群中3番目に大きな前方後円墳で、西側のくびれ武に造り出しがあります。堀は調査の結果、他の古墳と同様、二重にめぐっていることがわかりました。
 堀からは、円筒埴輪のほか、上○器、須恵器の破片が発見されています。
 古墳の築造年代は、6世紀後半と考えられています。
 なお、古墳の名称は、江戸時代に忍藩が鉄砲練習場として使用したことに由来します。


散歩した日・・・二千三年五月四日 店主。


   


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