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月輪神社古墳
◎比企郡滑川町大字月輪。 mapfan
神社横、集会所の所に停められる。

せっかくこちら方面に来たので、大家で昼食。そして、すぐ近くの月輪神社古墳を散歩しました。

通りから神社への入り口。『蠶(かいこ)魂之碑』 なるものがあります。昔はこの辺りでも養蚕が盛んだったのでしょう。私の実家でも、物心つくかつかないかの頃まで、蚕をやっていました。桑畑もありましたが、耕地整理が行われたのと共に桑畑がなくなり、養蚕も終わりました。あの頃は蚕を何も気にせずに触れたのですが、今はちょっと厳しいでしょうね。
蠶(かいこ)魂之碑 神社の石柱


中へと進むと、「抱えるにはいったい何人必要なんだろう」 と思う程の巨木が迎えてくれます。

巨木


そして社殿。それ程高くはありません。今日初めに見た若宮八幡神社古墳とは趣を異にしていて、古墳と言われなければわからないくらいです。

月輪神社 社殿


説明看板にはこんなことが書いてあります。

 月輪神社
   由 緒
説明看板  当社は和同二巳酉(西暦七0九)年に大宮氷川神社の神霊を此の地に分社したと鎮守名に記載されており その後建久九戊午年三月、月輪兼実の霊を合祀して氷川大明神と称した
享保八年九月宗源宣旨により正一位の神位を贈られた 明治維新の際明神号を廃し 氷川神社と称し 明治四十一年三月大字内の五社を当社に合祀して今までの氷川神社号を月輪神社と改称した 明治四年村社となり 大正五年指定村社に昇格した

  昭和五十四年十二月吉日
   滑川村観光協会
   滑川村教育委員会

和同2年(709)に古墳の上に神社をおいたのでしょうか。この頃だと、古墳を造ってからまだそれ程経っていないと思います。古墳の上の神社は多いですが、一般的にはどのくらいの期間をおいた後に建てるものなのでしょうか。墓の上に 神社とはいえ建物を建てる、その発想がどの様に起ったのか、また疑問がわいてきました。


なんてことを考えながら、社殿から南に鳥居の外まで参道を歩いて行きました。
途中に遊具や巨木もありますが、頭の上ではカラスがカーカー鳴いていて、頭を突っつかれるのではないかと、そそくさと逃げるように後にしました。

月輪神社鳥居


散歩した日・・・二千三年六月七日 店主。


   

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